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東京地方裁判所 昭和34年(特わ)573号 判決

被告人 梅津四郎

明三五・五・二四生 東京都議会議員

主文

被告人は無罪

理由

本件公訴事実は

被告人は昭和三十四年四月二十三日施行の東京都議会議員選挙に際し、東京都世田谷区から立候補することを決意したが、自己の当選を得る目的をもつて未だ立候補届出のない同年二月十四日頃から同月十七日頃迄の間に「共産党予定候補決る、世田谷区労協でも推薦」「汚職につながる悪質買収、今年こそ明るい都区政を」「選挙の勝利の為に」なる標題の下に、被告人の政見及び自己が右選挙に立候補した際声援を得たき旨等を内容とする記事を掲げ被告人の氏名、写真を掲載した選挙運動文書である昭和三十四年二月十日付復刊第十七号日本共産党玉川、三軒茶屋細胞協議会機関紙新しい町約八千五百枚を世田谷区太子堂町四百三十番地毎日新聞三軒茶屋専売所、同区上馬町三丁目八百八十八番地毎日新聞上馬専売所、同区三軒茶屋町百四十七番地読売新聞三軒茶屋出張所から右毎日新聞三軒茶屋専売所店員宗毅、毎日新聞上馬専売所店員内山秀吉、読売新聞三軒茶屋出張所店員吉村祠等を介し毎日新聞、読売新聞等に折込んで同区上馬町一丁目六百三十八番地玉田忠勇方等約八千五百名方に配達して右玉田忠勇等約八千五百名に頒布し、もつて立候補届出前の選挙運動をしたものである。というにある。

右の公訴事実中、東京都議会議員選挙が昭和三十四年四月二十三日施行され、被告人が立候補届出前である同年二月十四日頃より同月十七日頃迄の間に、日本共産党玉川、三軒茶屋細胞協議会機関紙「新しい町」約八千五百枚位を、起訴状記載のとおり三個所の新聞販売店に依頼し玉田忠勇方等約八千五百名方に配布した事実及び右「新しい町」の記載事項等については検察官提出の適法なる諸証拠により明に認められるところであるが、爾余の点について以下審究する。

昭和三十四年二月十日附の本件「新しい町」復刊第十七号(以下復刊第十七号と略称する)が公職選挙法(以下単に法と略称する)第百四十八条第三項にいう新聞紙にあたらないことは、同紙が同項所定の要件を充たしていないことから洵に明であつて論議の余地はないが同条第一項との関連において茲に一言すれば法は同項により明確な規準を定めこの諸条件を充足する新聞紙又は雑誌に対しては、選挙運動期間中及び選挙の当日においても、勿論一定の条件下ではあるけれども選挙に関する報道及び評論を掲載する自由を認めている。蓋し此のような新聞紙又は雑誌は主観的宣伝文書に堕する虞れが少なく、人々に選挙に関する必要な判断の資料を提供する等有益な面の方が多いということを期待できる文書であり、とりも直さず「社会の公器」たる実質を具有するものと認められるが故である。そこで本件復刊第十七号が同条第一項にいう新聞紙(これに類する通信類を含む)にあたるかどうかについて以下に検討を加える。

法第百四十八条第一項にいう新聞紙(これに類する通信類を含む)(以下単に新聞紙と略称する)については別段の条件又は制限に関する定めはないけれども、之は新聞紙と自称するものに対し無制限に選挙に関する報道及び評論の自由を許したものではなく、すくなくとも或程度の客観性を有すること、すなわち社会通念上新聞紙と認められるものに対しこの自由を与えたものと解すべきである。然らば社会通念上新聞紙と称し得べきものとは何かを考えて見ると、同条第三項の要件を具備しないものであつても第一項にいう新聞紙又は之に類する通信類と称するには、すくなくとも、常識上新聞紙又は之に類する通信類とみられる体裁を備えたものであつて特定の人又は団体により一定の題号を付して比較的短い間隔で反覆して発行され、不特定又は多数の人に原則として有償で頒布され凡百の社会問題について事実を知らせる「報道」及びこれ等の事実についての背景、解釈、意見等を発表する「評論」を其の内容とするものであれば足りるものと解するのを相当とする。すなわち同条第三項に言う新聞紙に比較して、其の客観性において稍々劣り主観的宣伝文書的性格を帯びる虞がないとはいえないけれども右に述べた諸条件にあたる体のものであるならば其の虞れが比較的すくないので、法は憲法第二十一条にいう「表現の自由」を保障するため特定の条件すなわち虚偽の事項を記載し又は事実を歪曲して記載する等言論の自由を濫用し選挙の公正を害するような不当なものでない限り之等の文書に選挙告示前においては、選挙運動の制限に関する諸規定(法第百三十八条の三の規定を除く)の制限を除き、選挙に関する報道及び評論の自由を許したものと解せられる。ところで本件復刊第十七号について之を見るに証拠物(昭和三四年証第一五八六号の一号、二号、四号、五号及び第七号)及び証人中田史郎、同川村正治、同三田忠英、同岡真琴、同坂本義二、同梅津はぎ子等の各証言並に当公判廷における被告人の供述を綜合して考えてみると本件復刊第十七号は本来日本共産党の世田谷地区細胞の機関紙であつて、併せて同地区の一般大衆に対する宣伝をも其の使命とするものであることが認められる。而して其の第一号は昭和三十二年九月一日に発行され本件復刊第十七号が昭和三十四年二月十日発行される迄の間(第三号については発行年月日及び其の体裁は不明であるが)前後十七回に亘り定期的とは称し得ない迄も大体一ヶ月に一回の割合で発行頒布されていることが認められ、又価格についても定価は中途より紙面に印刷することは廃止されてはいるがこれを以て直に無償を原則としたと断定することは困難である。前掲諸証人の各証言中「新しい町」の有償性に関する部分は甚々区々であり必ずしも全般的には之に信を措き難いけれども、之を綜合判断すれば、当初より無償の心算で配布されたものであり、一部一部対価を徴収したものもあるが、要はその機関紙であることの当然の性質上党員として一部一部について代金の支払をなした者もあるが、発行費用の大半は党費の一部を以て賄われたものと見られ、一紙毎の対価関係は認め得ないとしても、原則として有償であつたとする被告人及び弁護人等の主張を直に排斥することはできない。次に其の体裁であるが、前顕諸証拠物等に徴すれば一般に粗末な謄写版刷りのものが多く貧弱であるが此の点は弁護人主張のとおり主として財政上の困難等に基くものと認められる。其の他発行部数が各号により相当大幅な増減があり、又次期発行日の予定の明確でないこと、或は、新聞紙に折込んで配布したこと等等法第百四十八条第一項にいう新聞紙としても幾多の欠陥がない訳ではないが本件復刊第十七号が前述のような刊行物である以上すくなくとも同項による新聞紙に類する通信類の範疇に属するものと認むべきである。なお証人中山七郎及び同宗毅の証言によれば折込配布を依頼されたことは復刊第十七号のみではなく以前にも一両回はあつたことが認められ、同紙が機関紙たる性格に附随して宣伝の目的をも併せ持つものである以上、手段として止むを得ぬものとも考えられるほか、折込紙の大部分が無償であつたとしても、世上新聞紙の発行者が新聞紙の普及宣伝読者へのサービスその他の目的で、無償で新聞紙を頒布する例も稀ではないこと等併せ考えればこれを以て同紙の新聞紙に類する通信類たるの性格が直に否定されるものとは考えられない。

右に述べたとおり復刊第十七号が、法第百四十八条第一項にいう新聞紙に類する通信類の範疇に属するものとするならば、虚偽の事項を記載し又は事実を歪曲して記載する等表現の自由を濫用して選挙の公正を害することがないかぎり選挙に関する報道及び評論を記載する自由をもつものと認むべきであるが以下起訴状記載の如き内容をもつ復刊第十七号が選挙に関する報道及び評論の域を越えた所謂選挙運動文書とみるべきか否か又之を新聞販売店に依頼して他の新聞紙に折込配布した行為を以て法第百二十九条にいう立候補届出前の選挙運動をなしたものにあたると認むべきか否かを考えて見ると、復刊第十七号は「共産党予定候補決る世田谷区労協でも推薦」、「汚職につながる悪質買収、今年こそ明るい都区政を」「選挙の勝利の為に」なる標題下に被告人の政見が記載されており、被告人の政見に関する記事に重点をおき、更に被告人以外の他の選挙に関する予定候補者三名のものと共に被告人の写真をかかげているほか、其の記事の一部を原文の侭引用すれば

「真に明るい良い政治は区民の厳重な監視によつてのみ守られます。私達共産党議員も皆様方の目となり口となつて働いてきましたが何といつても数が少なく力がまだたりませんので今後皆様方とより固い提けいによつて御期待に充分添うように活動して行きたいと思つておりますので一層の後援助をお願い致します。今年はみんなの力で去年より少しでも良い区政・都政が行なわれるようお互に頑張りませう」

とあり、選挙運動的記事の色彩は相当濃厚に看取されるけれども、だからといつて此等の記事自体が全く客観性を欠いた、被告人の当選だけを目的とする宣伝文言にすぎないと断ずることはできず、むしろ社会通念上のいわゆる報道及び評論の範囲に属するものと解するのが相当である。すなわち事は憲法の保障する「表現の自由」に関する重大問題であつて、苟も客観的に「報道及び評論」を掲載する新聞紙に類する通信類と認むべき文書については、たとえそれが実質的に当選目当の宣伝であると推測ができる場合であつてもそれは飽くまでも法第百四十八条第一項但書、同条第二項、第百四十八条の二等により規制すべきであつて、法第百四十八条第一項本文の適用を否定することは妥当でない。又復刊第十七号が前述の如き性格を有するものである以上は之を新聞販売店に依頼して、相当多数頒布したとしても之を目し直に選挙運動なりと断ずることは困難であり法第百四十八条第二項を以て取締れば足ることである。結局本件は罪とならないものと認められるので刑事訴訟法第三百三十六条により主文のとおり判決する。

(裁判官 守谷芳)

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